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大阪地方裁判所 昭和60年(行ク)19号 決定

申立人 李行順 ほか三名

被申立人 大阪入国管理局主任審査官

代理人 佐山雅彦 岡本薫 狩野磯雄 ほか四名

主文

本件申立をいずれも却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一  申立人らの申立の趣旨及び理由は別紙申立書及び申立理由補充書記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙意見書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件記録によると、次の事実が一応認められる。

(一)  申立人李行順(以下「申立人李」という。)は一九四七年(昭和二二年)八月一六日韓国においていずれも韓国籍を有する父李太旭、母梁省三の長男として出生した韓国人であり、出生地の国民学校卒業後農業手伝い等をしていたが、昭和三六年八月頃本邦在留の父を頼つて本邦に不法入国し、本邦で教育を受けた後ハンドバツグ口金製造工として稼働した。その後申立人李は不法入国の事実が発覚し逮捕され、所定の手続を経て昭和四二年一二月一日本国へ送還された。申立人李は本国で農業手伝いや個人タクシー運転手として稼働し、昭和四七年一月三日申立人金順烈(以下「申立人金」という。)と婚姻し(婚姻届提出は昭和五一年七月二九日)、両申立人間には昭和四八年四月五日長女李貞林、昭和五一年八月一日次女李承、昭和五三年一〇月四日三女李京美が出生した。しかし申立人李は生活が苦しかつたので、昭和五四年一〇月二〇日頃三、四年間の出稼ぎ目的で再び本邦に不法入国し、大阪市生野区内に居住して土木作業員をしていた。

(二)  申立人金は一九五一年(昭和二六年)一一月一七日韓国においていずれも韓国籍を有する両親の間に出生した韓国人であり、前記のとおり昭和四七年一月三日申立人李と婚姻し三子をもうけたが、申立人李が再度本邦へ不法入国した後である昭和五五年三月二五日頃、三子の養育を自己の生母及び申立人李の母に託して単身本邦へ不法入国し、申立人李と同居生活を営み、ヘツプ工として稼働していた。

(三)  申立人李建祐(以下「申立人建祐」という。)は昭和五七年九月一日、申立人李恵里(以下「申立人恵里」という。)は昭和五八年九月一五日、大阪市内において申立人李、同金を両親として出生したが、いずれも在留資格取得の不許可処分を受け、法定の期間を超えて本邦に不法に在留していた。

(四)  申立人建祐が後記のとおり心臓疾患を有していたことから、申立人李、同金は申立人建祐に十分な治療を受けさせるべく、昭和五七年一〇月一四日大阪市生野区長に外国人登録の申請をしたので前記不法入国の事実が発覚した。そこで大阪入国管理局入国警備官は昭和五九年五月二九日申立人らを出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)二四条該当容疑者として同局入国審査官に引渡し、同局入国審査官は申立人らの審理を行い、昭和五九年一二月五日申立人李につき法二四条一号に、同月六日同金につき法二四条一号、同建祐及び同恵里につき法二四条七号に該当すると認定し、同局特別審理官は口頭審理の結果、申立人李につき昭和六〇年一月一四日、申立人金、同建祐、同恵里につき同月一七日入国審査官の各認定にはいずれも誤りがない旨判定した。

(五)  これに対し申立人らはいずれも法務大臣に異議を申出たが、法務大臣は昭和六〇年四月一日異議の申出はいずれも理由がない旨裁決し(以下「本件裁決」という。)、同局主任審査官は同月二六日申立人らに対しいずれも送還先を韓国とする退去強制令書を発付した(以下「本件発付処分」という。)。

(六)  申立人らは右同日退去強制令書を執行されたが、申立人金、同建祐、同恵里は家庭事情及び自費退去が考慮され同日仮放免の許可を受け、その後も同許可が継続されていたが、自費退去の手続をとろうとしなかつたので、昭和六〇年一一月一二日仮放免期間の満了により収容された。

(七)  申立人建祐は出生後間もない昭和五七年一〇月一九日呼吸困難に陥り、大阪市立小児保健センターにて先天性心疾患であるフアロー四徴症と診断され翌二〇日ブラロツク手術が施行され、昭和五九年二月二一日の心カテーテル検査の結果肺動脈本幹が極端に細いため、根治手術には弁付人工血管の使用が必要であることが判明した。なお、担当医師は根治手術の時期につき十分な大きさの人工血管の挿入が可能な四、五歳に達してからが最適であると判断しており、手術の危険性、これまでの検査データの蓄積、韓国の医療レベル等を考慮すると本邦で申立人建祐の手術を行うことが望ましいとの意見であるが、他方国立循環器病センターでは韓国の心臓外科関係の医師が研修を受けており、またソウル大学医学部心臓外科センター等でも本邦におけるのと遜色がない手術を受けることが可能な状況である。

申立人恵里は小児結核及び肺炎に罹患し、大阪市内の医師の治療を受けていたが、昭和六〇年一一月一八日大村市立病院の医師の診療を受けた結果は軽度の気管支肺炎とのことであつた。

2  申立人らの主張は、要するに、法務大臣が本件裁決をなすにつき申立人らに対し法五〇条所定の在留特別許可(以下「特在許可」という。)を与えなかつたのは、裁量権を濫用ないし逸脱したもので違法であり、本件裁決は無効であるから、これを前提とする本件発付処分もまた無効たるを免れないというにあると解されるので、この点について判断する。

一般に行政処分が無効であるというためには、当該処分に重大かつ明白な瑕疵が存在しなければならないところ、瑕疵が明白であるかは処分の外形上、客観的に誤認が一見して看取できるか否かにより決すべきものである。しかし、前記1の事実によれば、申立人李、同金が法二四条一号に、申立人建祐、同恵里が法二四条七号にそれぞれ該当することは明らかであり、本件記録によつても、本件裁決及び発付処分に申立人ら主張のような無効事由は見当らない。

なお、特在許可を与えるか否かは法務大臣の自由裁量に属し、その判断は、当該申立人の個人的事情のみならず、国際情勢、外交政策等の客観的事情を総合的に考慮したうえ決定される恩恵的措置であつて、その裁量の範囲は極めて広く、裁量権の濫用又はその範囲の逸脱があつた場合に限り違法とされるものである。しかし、前記1の事実関係、特に申立人李は過去にも不法入国者として退去強制手続を受けていること、申立人李、同金は本国に三子を初め扶養すべき親族を残していること、同人らはいずれも健康で十分な労働能力を有し、送還後本国で生活するのに特段支障はないと考えられること、申立人建祐の心臓疾患の根治手術を本邦で行うのが望ましいとしても、右手術が差し迫つているわけではなく、かつ韓国における手術が全く不可能とはいえず、必要があれば手術のために正規の手続により本邦へ入国することも可能であること、申立人恵里の疾病も韓国での治療が十分可能なこと等の事情を総合すると、本件裁決が人道上の配慮を欠いているということはできず、その他申立人らが主張する諸般の事実関係を考慮に入れても、申立人らに特在許可を与えなかつた法務大臣の判断には裁量権の濫用ないしその範囲の逸脱はなく、この意味からも本件裁決及びこれを前提とする本件発付処分に重大かつ明白な瑕疵があるということはできない。

三  してみると、本件裁決及び発付処分は何ら無効ではなく、本件申立は行訴法二五条三項の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するから、いずれも却下することとし、申立費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 青木敏行 古賀寛 筏津順子)

一 申立書、申立理由補充書 <略>

二 意見書 <略>

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